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一日瞑想会@home

 『引き寄せ』には最近あまり関心がない私だが、『引き寄せられ』に遇う頻度はむしろ上がっている。
『引き寄せられ』などということばがあるのかどうか知らないが、自分の行動が他人の望みを偶然に叶えている状態を仮にこう呼んでいる。

ミャンマーのスーパーマーケットで中国製の爪楊枝を買った。日本のものと違う形とパッケージのロゴが気に入ったのだ。
帰国後ある友人にその楊枝をお菓子などとともにおすそ分けした。ファミレスでランチしていた時だったが、中身を見るなりくすくす笑い出した。「今ちょうど、楊枝が欲しいなと思っていたんですよ!」
ざっとこうしたものだ。

私を上手に『引き寄せ』てくれる友人の一人にMさんがいる。
彼女はお店を経営していて、こちらは思いついた時に気軽に立ち寄れるが、彼女自身はなかなか動くことができない。
ところが、なぜかたまに(どうしても今日行きたい)と思うことがあって、行ってみると彼女にとってちょうどいいタイミングで私が何かをもたらすことになる…という展開がよくある。

そんなMさんと2月に遊びに行く約束をしていたのだが、ご承知の通り大寒波が来た。
こんなに寒いのに外に出るのはおっくうだよねえと電話しているうちに、うちで瞑想しようということになった。
何だかよくわからない展開だが、Mさんがひさしぶりに瞑想する「場」として引き寄せられたのだったら、ありがたいことである。

Mさんはしばらく瞑想を休んでいたのだというし、私も長時間集中するなんてとんでもない。
二人とも浮き輪をつけて波打ち際でパチャパチャやるのが精一杯のレベルなんだから、「そのまま深いところまでダイブして海底に触れてこい!」みたいなスパルタをやると溺れてしまう。
とりあえず一時間の瞑想を二セットして、あとはお茶を飲んでおしゃべりすることにした。

Mさんは坐って、私は部屋の端から廊下まで歩く瞑想。

グリーンヒル式とプラユキ師のご指導の間くらいのぺース、足の裏を感じながら普通よりゆっくり歩く。
Mさんの姿が目に入る。
とてもきれいだ。
瞑想する人というのは美しいものである。

先日の盛先生のワークショップでも感じたのだが、瞑想するときの環境の力というのはやはり大きい。
私は凡婦だから、坐っていたって好悪の感情が激しく動く。
自分から半径2メートルの中にいる人に安心しているかどうかは、自分の感覚や心に気づけるかどうかに大きい影響を及ぼしている。

狭い部屋だが窮屈ではなく、ゆっくりと何往復も歩いた。
歩いているときに、(向うの端につくまで、ずっと足裏に意識をおけるかな?)と思いついてチャレンジしてみたが、途中で妄想に巻き込まれて上手くいかなかった。
しかし、そういう発想で歩いてみたら面白かった。ゲームのようだ。
瞑想の楽しさにこういうのがあるのは邪道だろうか?
いや、始めたころに比べればずいぶんと肩の力が抜けてきて、瞑想らしくなっている気がする。

30分余りして、Mさんのかたわらに坐った。
少し呼吸が落ち着くと微弱なピーティが来て、またすぐ妄想におちて、呼吸に戻ってきて、またすぐ妄想……とやっていたらタイマーが鳴った。

Mさんも瞑想を楽しめたようだ。
2セット瞑想した後はおやつを食べながら四方山話をして、楽しい休日になった。
Mさん、共に瞑想をしてくださってありがとうございました。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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