FC2ブログ

記事一覧

『影の現象学』

河合隼雄『影の現象学』講談社学術文庫

影の現象学

著者は1928年兵庫県に生まれる。京都大学理学部卒。59~61年カリフォルニア大学留学。62~65年スイス,ユング研究所に留学,ユング派精神分析家の資格を取得。京都大学名誉教授。教育学博士。著書に『ユング心理学入門』『コンプレックス』『母性社会日本の病理』「無意識の構造」『家族関係を考える』『日本人とアイデンティティ』『完宗教と科学の接点」など多数。(巻末著者紹介)
以前このブログで自伝を紹介した心理学者である。

この本で扱う「影」とは「もう一人の自分」、無意識の存在であり、自我と対立するものである。自分からは悪に見えるし(例えば規律正しくあろうとする人にとって、いつまでも寝ていたいという欲望は悪と感じられ、押さえ込まねばならないと思える)、普遍性を帯びた影は悪に近づく。
と説明してしまったが、この本において「影」は様々な現象を通じて説明されるものの(例えば文学作品や神話、民話、クライアントの夢に出てくるキャラクターなどにおいて)、はっきりとした定義づけは終盤に至るまで出てこない。それは「影」の多義性、概念のふくらみ、無意識の世界が簡単に理解できないものであることを損なわないための著者の配慮かもしれない。

この「影」、そう名付けるかどうかは別として、瞑想する人にとって必ず問題になる主題だ。
瞑想することは、自らの人格を向上させる行いだから。
その途上で、それまでの人生で認めたくなかった、無視し抑圧してきたもう一人の「自分」と直面することがどうしても必要になってくる。
(自分の影を無視したまま瞑想していたら、それは別の問題を起こしているといえる)
私も瞑想だけでなく内観療法やインナーチャイルド療法によって、なおざりにしてきた自分といやおうなしに付き合わされ、彼/彼女らと和解したり、あるいは謝罪したり受容したりという作業を行ってきて、それらは今後も続いてゆくだろう。
そういう人にとって「影」という概念を正しく持つことは、とても有用だ。

この本を読んで、私は「影」の統合ということを少し軽く考えすぎていたと反省した。
自我への統合は常に危険が付きまとっている。自我をある程度強化できていないと、夢などを手掛かりにして影を形象化して扱うことは危険であるし、一時的に人格を乗っ取られる危険すらある(対処する方法はあるようだが)。また自我の確立においても、頑張って早くやればいいというものではなく、時を待つ大切さを自覚するべきだと説かれている。
もし影に圧倒されそうになったら、すべて捨ててひたすら逃げる(呪的逃走)か、完全に閉じ込めてしまうという対処が必要になる場合もある。
影を観察し、それと対話するには、自我の十分な強度が必要とされる。
が、ここで著者は一つの興味深い指摘をする。
「日本人が非常に得意とするところではないだろうか。影と戦うのでもなく、負けるのでもなく、微妙な共存を楽しむのである」(p267)
私にはよく理解できていないが、印象深い指摘だと感じた。

「影と真剣に対話するとき、われわれは影の世界へ半歩踏み込んでゆかねばならない。それは自分と関係ない悪の世界ではなく、自分もそれを持っていることを認めねばならない世界であり、それはそれなりの輝きをさえ蔵している。」(p288)
「われわれは人間であるかぎり、影を抱きしめるほどの力をもっていないのではないだろうか。われわれは同じ人間として、決してなくなることのない影を自ら背負って生きてゆかねばならない。」(p289)

私の力量ではこの本が示している世界観を十分に紹介できないけれど、具体的な物語の引用や興味深い症例が紹介されて、具体的で読みやすいです。瞑想する人、創作する人にとって重要な概念、世界観を示してくれる良著ですので、おすすめいたします。

生きとし生けるものが幸せでありますように 
スポンサーサイト



プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

カウンター

ブログリンク