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プラユキ師の第2回アーナーパーナ・サティ実践講座おさらい会1

プラユキ師のアーナーパーナ・サティ実践講座の第二回が2019年11月16日に開催されました。
午前中は「おさらい会」ということで、前回の内容を振り返りながら実践もする充実の内容でした。

さて毎回のご注意を。
このレポートは私がとったメモから書き起こしたもので、録音などはしておりませんので、正確さに欠ける所があります。
読みやすさのために口語調にしておりますが、師の口調そのままではありません。
プラユキ師は御著作もありますし、個人面談はスカイプでも受けられますので、公式サポートブログ「よき縁ネット」をご覧ください。
https://blog.goo.ne.jp/yokienn

今回は特に集中度が低くて、ところどころ抜けがあります。前回のアーナーパーナ・サティ実践講座第一回のレポートもご参照ください

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午前中はおさらい会として、基本的な事項の確認をしておきたいと思います。
アーナーパーナ・サティの位置付けや、呼吸に集中して見つめる実践をして全体的な理解をした上で、午後からは身体を見つめてゆくという流れです。

まず仏教では三学、「戒定慧」と修行を進めてゆくと言われています。
まず「戒」これは体と言葉(身・口)を整え、「定」心(意)を整える。この「身口意」の三業を整えてゆくと「慧」のレベル=ヴィパッサナー、気づき、そのままに観察することができる。それができることが覚醒することであるという流れです。
慧に至るまでの戒・定はサマタ、すなわちコントロールすることと言うこともできるでしょう。
ヴィパッサナー、慧のレベルでは洞察すること、因果関係を見るということもできるようになります。

瞑想はリラックスするため、あるいは集中するためのものというイメージがありますが、それらは「定」を培っている、サマタ瞑想の効用です。
一方ヴィパッサナー瞑想は「こまやかに、明晰に見る」瞑想です。
「止観」という言い方をしますが、「止」=サマタ瞑想で心の基盤を作った上で、「観」=ヴィパッサナー瞑想で気づき→観察→洞察が可能になってきます。


八正道の中に「正念」正しい気づきがあります。
八正道の要素のどれにも「正しい」というのがつきますが、仏教における善悪とは心に苦しみがあるかないかで判断します。悪いことをせず、善いことをする。それを身口意(行動・言葉・心)で実現するために、念の力が使われます。

「念」には戒・定を支援する止(サマタ)の念と、慧を支援する観(ヴィパッサナー)の念があります。
慧の念によって、現象をあるがままに気づくことで、心に間違った見方がなくなり世界の本質が分かって、仏教でいう解脱にまで至ることができます。

(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように
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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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