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プラユキ師の1日リトリートレポート2

(続きです)

おはようございます。
今日は一日リトリートということで、村田さんが主催してくださいました。
昨年は同じく村田さんに石垣島でリトリートをお世話していただきましたが、今年は宿泊できない人にも参加できる形でということで、一日どっぷりとブッダの教えに浸る機会を頂きました。
今日の一期一会を大切に、皆様ともに御精進いただきまして、何かを得ていただきたいと思います。

では午前中は瞑想の実践を中心にやってまいりましょう。
仏教の瞑想にはサマタとヴィパッサナーの二種類があります。
最初に心を落ち着ける効果があり、タイでもよく行われているサマタ系の瞑想(ブットー瞑想)からやっていきます。

プラユキの会に来るのが今日初めての人、どれぐらいいますか?
他でいろいろな瞑想のやり方を学んでいる人もいるかもしれませんね。そういう方でも、今日はプラユキ・テイストのやり方でやってみてください。

まず姿勢を良くして目を軽くつぶる。
体は背骨をまっすぐ、中心を正しくして、他はリラックスして。そうすると調和のとれた形になります。
手は楽な格好にしてください。膝の上においても、手を合わせても良いです。
それからマントラとしてタイ語でのブッダの名、「ブットー」を心の中で唱えます。
呼吸に合わせて、吸うときに「ブーーッ」吐くときに「トーーーッ」と唱えつつ、吸って吐くことを繰り返します。心の中で唱えるので、声には出さないで。

(15分程度やった。さきほどまで盛り上がっていたのが嘘のように静まり返る会場。ただ呼吸に気付く、というよりも、言葉と呼吸に対して注意を向ける努力が分かりやすく必要な感じだ。集中力がないのでブットーと繰り返しつつも心は方々にさまよってはいたが、じっとして座っているだけでも気分が落ち着いてきた。)

今やったのはサマタ瞑想といわれるものです。
二種類の仏教瞑想のうち、サマタ瞑想は集中する瞑想。一つの対象に没入してゆく感じです。
もう一つはヴィパッサナー瞑想。こちらは覚醒(気づき)と洞察(観察よりも深く、世界のシステムや生成のプロセスを見てゆく)のための瞑想です。
ヴィパッサナーはvi(こまやかに)passana(見る)という言葉の通り、気づくことによって心への理解を深めてゆく瞑想です。
日本語ではサマタを「止」、ヴィパッサナーを「観」と訳しています。
「貪瞋痴」で落ち着きが無くなっている心を、濁ったり、湧き立ったり、藻がはびこったりする水に例えている経典もありますが、集中で心を静めれば心が澄んで、観察もしやすくなります。
サマタ瞑想で深く何年もかけて心の静寂、三昧を作るやり方もありますが、ヴィパッサナーでもある程度集中することが含まれていますから、ヴィパッサナー瞑想をやっていけばいいというやり方もあります。
私がタイで学んだのはヴィパッサナー、気づきの瞑想を中心にやっていくやり方ですが、どちらのやり方もあります。
(注・この日のプログラムのうち、ブットー瞑想はサマタ瞑想。手動瞑想、歩行瞑想、呼吸瞑想はヴィパッサナー瞑想に分類される。)

(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように
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コメント

手動瞑想

丁寧なお話をありがとうございます。
手動瞑想は、選ばれた人(俗世間でいう表面的な意味ではありません)だけが、実践できる崇高なものなのでしょうね。尊敬。

Re: 手動瞑想

よこんちゃー さま

コメントありがとうございます。
お読みくださってありがとうございます。


> 選ばれた人(俗世間でいう表面的な意味ではありません)
こちらの意味が私にはちょっと解しかねるのですが、縁によって瞑想できるというのは手動瞑想に限らず、どのような方法であれ有り難いことと思っています。

よこんちゃーさんがお幸せでありますように。

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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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