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プラユキ師の瞑想実践会レポート9

(続きです)

「【質問】自分が変わることへの恐れをどう見たらよいでしょうか(詳細略)」

まあ、そういうのはまずやってみるのがいいよね。
恐怖というのは、たいていの人にとって「取り越し苦労」だったりするんですよ。
妄想に対して頭の中であれこれアクションするエネルギーと時間を、今ここで、良いと思われることに対して一歩踏み出す方に振り替えてみる。
そうすると、不安や恐れが減ります。
そして、行動と結果には因果関係がありますから、やってみた結果をちゃんと見て納得することです。
avija無明というのは「見ない」が語源です。
現実に出た結果をしっかり受け止めて、また始めればいいんです。
「我知らず~する」っていうのは心のクセのままにしていることで、しっかりと因果を見ていけば、次にはぐるぐる悩むのではなく、ちゃんと判断して行動できます。

歩行瞑想でも「次の一歩は選べます」とよく言っています。このように次の一歩をより良くする意識で取り組んでゆかれるとよいかもしれません。

さて先ほど少し五力に関わることが出てきたので、補足しておきます
【五力】
信…信頼力
精進…努力
念…覚醒力
定…受容力
慧…智慧

このうちの精進と定は矛盾せず、うまく組み合わさることで向上できるというお話を先ほどいたしました。
因果関係を見て、吟味して、結果を受容して、また努力につなげる。
カルマというのは異熟(いじゅく)するものとされ、しかるべき結果が出ます。それを受けとめてまた新しくチャレンジしてゆく、やってみる。
だから精進と定は対立や矛盾ではなく相互に働くものです。

信と慧もそうです。
信は信頼、ブッダの説いたことを信じることで、mapを手に入れられ、有利に進んで行けます。
しかしブッダも「(偉い人が言うからといって)鵜呑みにしてはいけない」と言っています。それが慧の働きです。
mapを信じて行動する途中で、現実に合わない部分が出てくることもある。それを実際に確かめて真実はこうだと分かれば確実です。
でもすべてを一から自分で確かめようとすると大変だし時間がかかってしまう。
盲信ではなくて信頼してやること。

そして五力の中心には「念」覚醒力、あるがままに見る力が置かれています。

(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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