FC2ブログ

記事一覧

アチャン・ニャーナラトーの日帰りリトリート22

(続きです)

昨日からDoing Nothingとか、諸行無常とか言っていますが、言葉足らずでうまく言えてないように思います。

人生の局面で苦しい、困ったことに会う。
「何も、問題ないです」と言っています。

苦しみが問題じゃないといっているのではないんです。
人によっては先生にそういわれて楽になるとか、あるいは逆に苦しむとかあるかもしれませんが。
一つ一つの難しい思い、経験を軽く見ているのでは全くないです。
苦しみはときに我々のキャパを超える。キャパとか言っていられないようなことが起きる。
理性で対処できるときは、まだ問題は小さいかもしれない。
もう、ものすごい電車が来て、乗るとか乗らないとかじゃない、それが全てになってしまうようなしんどい時に「問題ない」とか言っていたらこれはひどいですが、そういうことではないんです。

ここからが難しいんですが……シェアしたいことがあって。
とんでもない経験があっても、その背景、バックグラウンドというか、スペースというか、それを静かに支える「あり方」っていうのは可能なんだという、そのことを少しでも伝えたいんです。

諸行無常を理解するというか…。
限界を取っ払ったとき。
「私の」を落とした時。
「そのままに出会う」というあり方。
それに対して「それを信じていい」という意味で、「問題ない」「大丈夫です」と言っています。

苦しんでいる問題に対して、そういったことで誤解されては…と思い、お話ししました。

キャパについて、ダーナでいいものを入れよう、シーラで漏れないようにしよう、バーワナーで器を大きく、限りなく大きくしようということをお話ししました。

座って自分の心に浮かぶものや呼吸に出会う。もし電車に乗っていたら正しい立ち位置に帰る。それを繰り返すと、キャパが大きくなる。
トレーニングすることで出てくるもの、ぶつかってくるものに巻き込まれず、淡々と受け止めてゆくことができる。
出てくるものをうまく投げ返す、跳ね返すのではなく、それらを受けとめることがキャパだと思います。

ダーナ(dāna)  善いことをする
シーラ(sīla)   漏れないよう気をつける
バーワナー(bhavanā)自分に出会う、戻ることの繰り返し
修業というと苦しい、すごいことをするイメージがありますが、苦行ではなくこの3つが修行です。

では、坐りましょう。

(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように。

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

カウンター

ブログリンク