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アチャン・ニャーナラトーの日帰りリトリート13

(続きです)

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ここで質問に答えるコーナー。
最初に取り上げられた質問は、最近大切な人をなくされた方からのものであった。
私も8年前に突然夫を亡くしたので、今の質問者の悲しみはいかばかりかと思った。
師の答えから、部分的に要約します。

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あの世、テーラワーダ的に言うと来世ですが、実証できないことではあるが、そう考えることで幸せになれるなら、作業仮説として使ってもいい、否定しなくていいと思います。
また、仏教を盲信するのはいやだ、輪廻転生は信じないという人を否定するものでもありません。

ここから私個人の意見です。
強い関係がある人とは、来世でも出会う確率が高いだろうと思います。
私がいまこの場にいる。
皆さんがいる。
このことが全くの偶然ということは当たらないのではないか。
今日ここにいること。日本に生まれたこと。瞑想をやってみたくなったこと。そういう人は普通じゃない(笑)というとなんですが…、良い言い方で「徳がある」といったりしますが。
苦しくてこういうところに来て、良い転換を迎えられる人もいれば、悪い習慣で苦しみを深めてしまう人もいる。
今ここにいることは、単なる偶然か、意味があることなのか。
私はイギリスのお寺にいますが、わざわざイギリスでテーラワーダのお寺に来て出家する人を見ると、これは偶然なのか……?と深く思います。
今、ここにいるのもただの偶然なのか?
もっと言うと、友人、家族、つながりのある人々、それはたまたまなのか……?と。

家族として生まれてくるのは、大変に強い縁です。
家族にとても辛い、苦しい思いを持っている人もいますね。
出会うということには、好きで会うことの他に、嫌いでも会う縁もある。

近世から来世に引きついてゆくといわれる業、業とはエネルギーのようなものですが、結びつけるものというのは大きなファクターであると思います。
会うべき理由がある人とは、必ず会う。
先送りしたエネルギーがあるなら、そのエネルギーが次の生への元となってるのだから、次の生でも実を結んでしまう。
この体が灰になれば終わり、ということはない。
プラスの、愛する・大切にすることも、マイナスの恨み・憎しみも、ストーリーは次へつづいてゆくと思います。

のっぴきならない状況になった時も、それだからこそお釈迦様の教えは一生かけてやっていけるし、行くべきだし、我々のサポートになるものだ、と改めて強調させてください。

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要約してしまうと伝わらないが、師はとつとつと、質問者に寄り添うように、かといって法をゆるがせにはせず、丁寧に答えてくださった。
答えてくださる途中の沈黙にこそ価値があると思うが、それをお伝えできないのが残念である。
この後の質問と答えも(私の眠気でメモがめろめろだったので)要約してお伝えします。

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(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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