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アチャン・ニャーナラトーの日帰りリトリート10

(続きです)

Doing Nothingとは、立ち位置の徹底した確認です。
本当に、皆電車が好きだから、気づいたら乗ってしまっている。だから。

世の中では、電車をいいものにしようとしている。
社会や会社の仕組みを良くしよう、変えたい、個人が向上しようとする、それはそれでいいことです。
しかし、たとえ電車がどうであろうと、立ち位置を変えることで見方が全く変わる。
その事をお話ししたいし、何度でも確認したい。

手ばなすことは、こう(手を肩のあたりまで上げて、ものを放り投げるようなしぐさ)やって、何かを「する」ことではなく、こう(手元で握りしめた手を、ふっと離すしぐさ)何か、つかんでいることを「やめる」ことです。

電車を掴んだり、電車と喧嘩していて、そのせいで瞑想が苦しくなり、瞑想が「仕事」になってしまう。

電車という「無常なもの」を「答え」とするアプローチをとると、諸行無常という宇宙のあり方に対してけんかすることになる。
それを手放す。離れる。

Doing Nothingはそういうことで、なんとかこのtaste、感じ、意味合いをシェア出来たらなと思います。

座りましょう。
眠ければ、眼を開けて座ってください。
中道――力みとだらしなさの両極を離れて、目覚めるために気持ちよくスッと体を支えてください。

*****

いやはや、この瞑想がもう、眠いのなんのって、「眠い」と思う前に寝ていたので、目を開ける暇もないくらいであった。
しかも姿勢が崩れて、周りの人を危うくなぎ倒しそうになった。
何だかお約束のギャグみたいですな。

*****

(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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