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アチャン・ニャーナラトーの日帰りリトリート7

(続きです)

では座ります。
無理しないで、力まないで姿勢を正します。
日本では「まっすぐに、キチンとしなさい」というと「命令」になってしまう文化的傾向がありますが、それよりは楽に座ってください。
でもだらけないで。
ブッダとは目覚めた人という意味です。
ゆるんで眠ってしまうのではなく、背筋をまっすぐにする=目覚める姿勢をとる。
日本人は力みやすいところがあるから、それには気をつけてください。

テーラワーダでは手の形にはあまり細かくありません。手は印を結んでも、左右の手を重ねても、腿の上に置いても。
正しい意味で楽な、自分の調子のよいところにおいてください。
目は(半眼にするのも眠らないためには有用ですが)視覚に振り回されるのをとめるために目を閉じて。眠い時には目を開けてください。

こうやって座ることで、一人ひとり御自分のありように出会う、帰る。
座っている「感じ」を見て、緊張や、力が入っているところを少し動かしてみたり、ゆるめるのも必要かと思います。
深い呼吸をすることで、ご自分の中にあるものを吐く…ということもあるでしょう。
リセットする感じですね。
そして「今ここ」(パッチューパンナ・ダンマ)がよく瞑想やスピリチュアルなことで言われていますが、「今ここ」に帰る。
自分のあり方に、そのままに触れる。
これが分かりづらい人は、呼吸に柔らかく接していてもいいです。
でも、呼吸に一生懸命に集中していくのではありません。
思いが浮かんでもけんかしないで、一切そのままにある。
心の動きやあり方として、いい瞑想状態が得たい、ここから逃げたい、悟りたい、雑念を払いたい、~したい、~がほしい、当然出てくるでしょう。
それを掴むことを止める、離れる。
そして、そのままにある。
自分の経験していることと争わなくていい。
いろんな声、感じがでてくる。
「煩悩をなくせ」「雑念を減らせ」そういうものからも離れる。

Doing Nothingとは、これらに一切、関わらない、ということです。

洞窟の中に閉じ込められた時、~すればよかった、~がいやだ、これからどうなるんだ、それらに一切関わらず心が平和であればよいが、ほとんどの普通の人は出会ってしまう。
トレーニングは、これに会う練習をしています。
拒絶や抑圧ではなく、あるがままに出会う。
そういうことが現実的に一番大切で役に立ちます。

(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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コメント

No title

これは良い教えを賜りました。

Re: No title

しん様

コメントありがとうございます。
何か良いヒントになりましたら幸いです。

しんさんが、お幸せでありますように。

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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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