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『感度の高い仕事人は断捨離じょうず。』

やましたひでこ『感度の高い仕事人は断捨離じょうず。』ぴあ

感度の高い仕事人は断捨離じょうず

著者は「断捨離」を世に広めた方で紹介の要もあるまい。が、一応巻末の著者紹介から抜粋しておく。
東京都出身。早稲田大学文学部卒。学生時代に出会ったヨガの行法哲学「断行・捨行・離行」に着想を得た「断捨離」を日常の「片付け」に落とし込み、誰もが実践可能な自己探訪メソッドを構築。断捨離は、思考の新陳代謝を促す発想の転換法でもある。
処女作『断捨離』に続く『俯瞰力』『自在力』(いずれもマガジンハウス)の三部作をはじめ、著作・監修を含めた関連書籍は国内累計300万部を超える。公式HP『断捨離』http://yamashitahideko.com/

タイトルからするとビジネスマン(男性)向けということなのだろう。
質問に答える形式の章でも、男性(若い人から定年目前ぐらい)を想定した答えになっている。
どの本でも訴えていることにブレがないので逆に新味もあまりないが、面白いと思った点をメモしておこう。

お金持ちになりたいなら、お金持ちの行動を真似しなさいとよく言われるが、まだお金持ちでない人にはそれは難しい。
断捨離で引き算の発想なら可能だ。
「お金持ちがしないこと」を真似して、自分もしないようにするとよい。
その場合、身近にモデルを探すなどして具体的に考えることと、最初から対象のレベルを上げ過ぎないことがコツ。(第一章より)

そしていつものまとめ


不要な思考を手放せば、思考は明晰に。
余分な感情を手放せば、感情は明瞭に。
余計な人間関係を手放せば、人生は明確になります。
(p145)

おっしゃる通りである。

「第六章 やましたが尊敬するダンシャリストたち」にテキスタイルメーカー経営者の河崎克彦と曹洞宗国際センター所長 藤田一照が登場している。対談ではなく、それぞれが自分にとっての断捨離を語るという体の記事だ。
この二人の発言も面白かったのでいくつか引用しておきたい。

◎河崎克彦
強烈な願望は必ず実現するということがわかりました。本を読んでも、「それは、あなただからできることでしょ」っていう気持ちってあるじゃないですか。それを捨てなければいけません。単なる自己防衛であり、できなかったときの言い訳ですから。だから、それを外してしまうと、世界が一気に面白くなるんです。(p210)

◎藤田一照
いい姿勢っていうのは、“私”がすでに答えを知っていて、それを体に押しつけて無理矢理やらせるものではなくて、むしろ“私”がいい姿勢とはどんなものかを体から謙虚に聞いて、教えてもらうことで初めて実現するのかもしれない。(p228)
我慢大会のような苦しい修行をつづけたらそのうちに安楽になるかっていうと、そんな保証はまったくありません。(p229)

何かをその手でぎゅーっと握っているとします。がっちり握りこんで所有している。でも握っている手は、逆に握ったものによって拘束されているわけです。ある意味、握ったつもりで実は握られているということです。執着の実際ですね。所有物に執着することで自由を失ってしまう。(p235)

断捨離も、(略)「これは要らないものを持ちすぎているな、不必要に重いから軽くしよう」っていう、内側から発露してくる声に従って、気がついたら自然に実行されているようなナチュラルな在り方を目指すのがよいと思います。(p244)

誰もね、本当は、何も持っていないんですよ。無常の世の中では手の中に何かを握っているつもりでいても、刻々に砂のようにさらさらと指の間から落ち続けているんです。こっちは嫌だと言っても、断捨離が勝手に起きている(笑)。だから、人やものを持っていても、それは一時的に自分のところにたまたま縁があってやってきて預かっているだけ。すぐにまた去って行くって覚悟しておいたほうがいい。そんな儚いものに寄りかかって生きていたら、いつか必ず足を掬われて痛い思いをすることになります。人間最後は例外なく、何も持たずに空手で死んでいくんですから。無常というのは宇宙全体が刻々に断捨離しつつ絶えず変化しているということ。それに逆らった分だけ苦しむことになる。だからそれに同調して、日々自分なりの断捨離を修行するというのが積極的で賢明な生き方です。これはブッダの教えとぴったり同系だと思います。(p246)

ちょっと引用が長くなってしまった。
無論、良い本です。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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