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プラユキ師の瞑想実践の会8

(続きです)

「【質問】世間では得ること、達成する、~になることが評価されますが、ここ(瞑想の場)だと~にならない、手放すという逆の事だと思うんですね。そうすると努力の意味って何だろうとか考えるんですが」

ああ、そうですね。
でもこの瞑想は得られるものがかなり大きいでしょう?
得ちゃってるんじゃない?
抜苦与楽とか、結果が出ちゃうんですよ。
適切にやれば「悟り」とかおこっちゃうし、幸せにもなれちゃうんですよ。

でも「得ること」に意識が行き過ぎると、現実が等閑(なおざり)になってしまう。
原因と結果の関係で、結果に気をとられてやるべきことができていないことがありますね。
リンゴの木をもっていても「リンゴが食べたいなあ」だけ考えていて、水やりや木の手入れなどやるべきことをやっていなければ木は枯れてしまいます。
結果に気をとられず、やるべきことをやる。
そうすれば結果は得られる。
ツイッターでこういうことを言いました。

プラユキ・ナラテボー(公式)‏ @phrayuki
これまで何度か紹介してきましたが、「欲(タンハー)」と「意欲(チャンタ)」の違いについておさらい。
感情に溺れたり、他者への期待、未来の結果にとらわれてしまうのが「欲」。
一方、向学心や慈悲心を伴って、今ここでの実践(=原因)を促す意思作用が「意欲」で、こちらはブッダも推奨の欲である。
17:03 - 2018年8月4日

よく対比させて言うのが
×未来志向  ○現実志向(今、ここ)
×感覚的   ○向学心
×他者志向・相手中心(どう思われるか気になる)  ○自分中心(自分の感覚によく気づく)

欲ではなくて、意欲。精進が必要です。
行動化してゆくことが大切で、努力なしではだめ。
心は機能なんだから、適切に行動していれば結果は出ちゃうんです。

禅とかの言い方で「何にもならない」「何も得られない」と言うけれど、それは結果にとらわれないようにそういう言い方をしているので、得られるものは得たらいいんじゃないの。


「【質問】街中でいきなり手動瞑想はしづらいので、「指」動瞑想があるとお聞きしたのですが」

街中でも電車に乗っているときとか、皆が普通に手動瞑想をしている世界っていいと思うんですが、まだそこまで行ってないんで(笑)指動瞑想をご説明します。

人差し指と親指をつけて、こすり合わせるようにぐるぐる回します。
これだけ。
人差し指と親指を付けたり離したりしてもいいです。こっちを座った態勢で左右交互にするのもいいんじゃない?
何であれ、瞬間瞬間の動きを見て我に返るためのマークです。

手動瞑想は手の動きが大きいので、「今ここ」空間が広がるということと、自分の体に触れることで自分を受け入れる、受容性が高まるという利点があります。
でも、気づきを伴うということではどれも同じです。

それでは今日はここまで。皆さんお疲れ様でした。

*****

最初はきちんとレシピ通りに作っていたお料理も、慣れてくると切り方が雑になったり、調味料をあるもので代用したりして、元のレシピほど美味しくなくなっているのを(こんなものだ)と思って作っていたりするもので。
今回改めてお話を聞くことで手動瞑想の魅力を再発見したような感じがあります。

企画してくださった森竹さん、当日会場でお世話してくださったスタッフの皆様、ご同席くださった皆様、ありがとうございました。

(この項終わり)

生きとし生けるものが幸せでありますように。


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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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