FC2ブログ

記事一覧

プラユキ師の瞑想実践の会4

(続きです)

手動瞑想と歩く瞑想の特徴は、動きを伴う瞑想であることと、眼を開けてやることの二点。
これは日常生活に落とし込みやすいという利点があるんです。
いつもの生活に瞑想意識を取り込める。

大切なのは、「眼の開閉は気づきと直接の関係はない」ということです。
「心の目」が開いていればいいんですよ。
たとえば、自分の手を後ろに回してみて。その手で「グー・チョキ・パー」をでたらめに出してみてください。
見てなくても、自分の手がいま、何を出しているかはわかるでしょう?
前の人の手を見るんじゃないんですよ(笑)
こう言った観察する「目」を開くということが大切です。

自分が何をしているかをモニターする、その繰り返しによってもっと繊細に心を観察できるようになります。

我々の苦しみは、心と同一化(フュージョン化)して、感情やイメージやストーリーに巻き込まれてしまうことから起きます。
心の目で自分を客観視できるようになれば、そこから脱してゆけます。

大切なのは「気づく」ということ。
手が今、どこにどういう状態であるかちゃんと気づいてください。
手の位置確認をするということ。
漫然と動作するのではなくて、動作一つ一つに丁寧に気づいていくこと。

また、あまりグーッと集中しすぎないことです。
視線でも、感覚でも一点を見つめ続けるのではありません。
意識を狭くフォーカスするのではなく、手の動きによって覚醒を広げてゆく瞑想です。
この手は「今、ここの手」であって、昨日の手でも明日の手でもありません。
手をツールにして「今、ここ」に立ち返るのです。
集中してグーッとつなげてゆくのではありません。
パッパッと瞬間瞬間に手に気づく。
我々はつなげて考える癖がありますが、それを解体するためにもパッパッと気づいてください。

感覚をとりすぎない。集中しすぎない。
感覚を感じとってもいいんですが、集中しすぎると心が開かれないんです。

言語化しないこと。
ラベリングしたり、頭の中でブツブツつぶやかず、ただダイレクトに手に気づく。
何が起きているか、ただ見る。

今ボーっとしてた人?

ただ何も考えずにボケーっとしていたり、ブツブツと未来や過去のストーリー作りやイメージを描いていたり、心地よい感覚や不快な感覚にふけっていたりというパターンなどがあるけど、そういうことがあったら、否定しないでただあるがままにそれを認めます。

「オッケー」という言い方をするときもありますが、それはただそういうことをしていたという事実をあるがままに認める、ということです。確認したら手に戻ってください。

こうやって気付きの瞑想を繰り返してやっていると、心にHOMEができてくるんです。
この世のものとも思えないような出来事に出会っても、こうやって瞑想していれば心に戻る場所ができてきて、いつでもそこに戻ることで、安らぐことができるようになってきます。

(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

カウンター

ブログリンク