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『数学する人生』

岡潔『数学する人生』(森田真生編)新潮社

数学する人生

日本の生んだ天才数学者岡潔の最終講義録、随筆などの読みやすい文章を、数学の独立研究者である森田真生が編纂したもの。岡に対する森田の敬愛が「序」と「結」の文章に滲みだしており、そこを読むだけでもしみじみした気分にさせてくれる。

以前meiさんのブログで紹介されていて心に残ったのと、今年の新刊『感じて、ゆるす仏教』でも岡潔のことが話題になっていたので、機が熟したかと思い読んだ。

「二 学んだ日々」から読み始めた。
岡に大きな影響を与えた中谷治宇二郎とのパリ遊学の日々の想い出が中心になる章である。
パリで病を発した中谷は岡夫妻とともに日本に帰国するが、5年の療養生活ののちに死ぬ。

「治宇二郎さんがせっかく書いておいた考古学の論文も保存が悪くて読めなくなっているし、考古学についてずいぶん聞いたことも少しも書き留めてない。私は皆様に誠にあいすまないことをしたと思っている。」(p102)
これを読んだ時に、なんとも言えない気持ちになった。
岡は中谷の業績が世に広く残らなかったことを残念に思っているけれど、青春を共に過ごしたことで中谷を中谷たらしめている何かの要素は岡の中に残っているはずで、いわば中谷は岡の中に生きている。
岡も1978年に没するが、岡はこの本を編んだ森田をはじめ、多くの人の中に生きている。
だから、人は不死である。
そんな感覚が、最愛の親友を悼む岡への共感と共に湧いてきた。

他の章を読むと、やはり岡もそのような感覚、いや、私の情緒的な感覚よりもより深い認識を持っていたように思われた。
「人は大脳前頭葉の抑止力によって小我を抑止することが出来る。そうすると第七識を超えて第八識に住むことになる。これを真我といってよいと思う。そうすると人は死ぬものではないということがわかる。また自分と他との関係は非自非他であるということもわかる。また外界は自分の心の現われであるということもわかる。これを阿頼耶(あらや)識の悟りというのである。阿頼耶識とは第八識のことである。」(p218)

一人の人を「葉」と置き換えて、他の葉、枝、幹、根といった木の存在抜きで葉が生きられないように、人もまた肉体を超えた周囲に支えられているという話が繰り返し出てくる。

meiさんも引用しておられたけれど、私もこの岡の、何度も繰り返し子供たちに語ったという言葉を引用しておきたい。

「何かやりたいこと、成し遂げたいことがあったら、一生それを思い続けなさい。それでダメだったら、二生目も、三生目も思い続けなさい。そうすれば、やがて必ず実ります」(p239)

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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