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小さい習慣を変える

コップ一杯の水を、洗面器に注ぐ。
だいたい250ccくらいか。
そのままだと手のひらに掬えないので、洗面台に洗面器を傾げるように置いて、顔を洗う。

恥ずかしながら、今年になるまで水を流しっぱなしで顔を洗っていた。
流している水はごく細くして、片手に二杯ぐらいで洗っているのだから、無駄遣いをしているわけではないと思っていたのだ。
しかし、洗っている途中不測の事態が起きて、思っているよりたくさんの水が流れてしまうこともないとは限らないなと気が付いて、それなら最小限の水で洗うよう自分を習慣づけてみようと思いついた。

「水をためて顔を洗う」というと洗面器になみなみと水をためてバシャバシャとやる、そんなイメージだったから「少量流しっぱなしの方がまし」と思っていたのだが、何もそんなに水をためなくてもコップ一杯で十分だし、一度顔を撫でた水も洗面器に戻るのだから何度でも慌てることなく、今までより丁寧に顔を洗うことができる。
それに、習慣で蛇口をひねって手を出そうとしてコップに持ち替えるときや、洗面器の水の量を確かめるときなど、一瞬だけだがマインドフルになる。これは慣れてしまえばどうかは分からないが。
もっと早く始めればよかった。


思いついて、と書いたが、その思いつきの元はO比丘であり、その師の大福和尚であり、ニャーナラトー師やプラユキ師といった上座部の比丘方の物腰である。

伝聞なので正確ではないと思うが、茶道の心得の説明で、茶杓などのお道具を「置く」時に「恋人の手を離すように」置きなさいというのがあるそうだ。
嫌いな相手に物を渡す時と比べてみるとよくわかる。

比丘方が手に取ったものを下に置かれるとき、ガチャンと音がすることはほとんどない。
その所作は、どんな主人の茶席に出ても主客に叶うとおもう。
そして誤って取り落としたり音を出してしまった時にも、ただ事実を事実として認めて対応するのでnoisyな雰囲気にはならない。

瞑想や善行に取り組む、大きな決意も大切なのだけれど、このように日常の隅々まで丁寧に塗りつぶしてゆく意識も大切だよね、と思う昨今である。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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Re:

非公開コメントをくださった方へ

コメントありがとうございます。
そういってただけると、励みになります。

あなたがお幸せでありますように。

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しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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