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マインドフルネスワークショップ@青葉台3

(続きです)

もっと初期的な段階では、自分のやったこと、感じたことだけについて「ジャッジしない」、受け入れることです。
自分を受け入れてゆくと、他者も受け入れられるようになる。

自分の中の感情を許すんです。
怒りや悲しみや嫉妬や、いろんな感情は心のクセによって生じてくるものですから、ただそれらがあることを認めて「ジャッジしない」。
そうやって許しのエネルギーが蓄積して充満すると、あまり怒らなくなってきて、他人を許しやすくなります。

KY、「空気を読まない」という言い方が一時はやりましたが、KYでいることってじぶんを許すことのあらわれでもあって、いいんじゃないかなと最近思うんです。
ある程度自他を柔軟に許せるようになると、やるべきことはもっと制御的になるのかもしれないとかね。


「【質問】作業や娯楽などに集中しているときには気づかないですよね?
気づくと逆に興ざめしてしまいます。何かに没頭する方が、苦しみを忘れられていいのではないでしょうか?」

気付きには、感情をトーンダウンさせるという性質があります
いつでも感情の波を平らにするのがこの技法の性質です。

これについて、その人のレベルや状況によって答えは変わりますが、今の質問者さんにとっては「楽しい時は気づかなくていいですよ」というのが答えです。

逆に、このような気づきの性質を利用して盛り上がる方法もあります。
サマタ瞑想や慈悲の瞑想の時には自覚をあえてしないでやる。すると集中できます。

盛り上がってもいいんです。でも必ず下がってしまいます。これを止めることはできません。
盛り上がりは盛り下がる。これはセットです。
飲み会で我を忘れて盛り上がってしまって、次の日の朝「あちゃー……」となる。
人生において我を忘れるデメリットを痛感したら、お坊さんや尼さんになるでしょうね。
でも、たいていの人は気づくことのメリットを知らないまま暮らして、盛り上がっては後悔して暮らしています。

過激にガーンと上がってバーっと下がるのが嫌だなと思う人は一定数いる。
そういう人たちが瞑想をしつづけてきたから、瞑想が今でも残っているんだろうと思います。
極端な上下ではなくて、気づいて上がりすぎず下がりすぎない方がいいという考え方ですね。


(続きます)

生きとし生けるものが幸せでありますように。
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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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