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記事一覧

宗教ガチ相談バーに行ってきたよ

1月23日の夜、いくつかの瞑想会でご一緒している「るーさん」がイベントバーエデンで一日バーテンダーとして「宗教ガチ相談バー」をやるというので遊びに行ってきた。すでに陽の落ちた要町、薄暗い住宅街の路地を辿っていくと、いかにも怪しげなバーがある。そして私が入る前にも入り口を携帯で撮影してツイートしているらしき人影が。みんなSNSに毒されてるなあ。もちろん私も。中に入ったら、全員知った顔だった。通常のバーメニ...

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『集中力のひみつ』

伊藤丈恭『集中力のひみつ』芸術新聞社以前取り上げた『緊張をとる』の続編。著者紹介は省略する。前回コーチをしてくれたヒョウ柄ドレスのスナックママは今や押しも押されもせぬ大女優。課長になった青年の部下であるポジティブ青年「ポジ男」とネガティブでひねくれていて仕事ができない女子「ネガ子」が「集中してアイデアを出せる方法を教えてください」とお願いするが、ママにはその時間がない。そこでママが紹介してくれたの...

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『猫はこうして地球を征服した 人の脳からインターネット、生態系まで』

アビゲイル・タッカー『猫はこうして地球を征服した 人の脳からインターネット、生態系まで』インターシフト著者はライター。スミソニアン協会(スミソニアン博物館などの運営元)が発行する『スミソニアン』誌の記者。彼女の記事は、毎年、最も優れた科学読み物を選ぶ「ベストアメリカン・サイエンス&ネイチャー・ライティング」に掲載。また、コロンビア大学のマイク・バーガー賞、ナショナル・ヘッドライナー賞などを受賞。大の...

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因果論と宝引き

マンガのセリフでは便宜上「引いちゃダメ」と書きましたが、戒は「禁止」ではない、というのは皆様ご承知のことと思います。「こうすれば、こうなる」のが因果の世界で、だから「五戒を破ると、苦しもの多い結果になるよ」という助言はされますが、戒を破った人を誰かが(仏様とか何か大きなパワーが)罰しにくるとかいうことはありません。ただ苦しくなるだけ。戒を守るかどうかはその人の自覚に任されています。「どのひもを引く...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会17

(続きです)「【質問】子育ての上で、執着と愛情の線引きをどう考えるべきでしょうか」子供との一期一会、瞬間に出会っているわけですが、こちらが目覚めていれば子供はうまく育っていくし、思いにとらわれ過ぎて「こうあるべき」としすぎるとうまくいかないし、極端になると問題になることもある。今よく言われるアダルトチルドレンのようにね。子供はとても自由に気分を表現するけれど、それに対して親がするまずい「反応」3つ、...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会16

(続きです)四聖諦に話を戻しますと、左側の苦―集はサイコロジカルなアプローチ(世俗諦)、右側の滅―道はスピリチュアルなアプローチ(真実諦)ともいえるのではないかと思います。外の世界の自分が好きなものは、本当は自分の心が作っています。「自分が欲しがっている本当のものは何か」とあるがままに観ること、それが理解できると(集諦)もっと明晰に見る(滅諦、道諦)につながります。苦―集を「方便」と言い換えてもいいか...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会15

(続きです)「【質問】芸術を味わうことが好きなのですが、プリントの集諦のところに「苦しみの生じる原因は渇愛(タンハー)である」とありました。渇愛とは①感覚経験への渇愛(欲愛)「見たい、効きたい、味わいたい、触れたい」➁存在への渇愛(有愛)「こうありたい(あるべきだ)、こう生きたい」③非存在への渇愛(無有愛)「このようにありたくない(あるべきでない)」芸術に触れたいというのはこの①にあたると思うのですが、...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会14

(続きです)「【質問】苦しいことではなくて、嬉しくて舞い上がってしまう時の、地に足がつかない、不安になるのはどうすべきでしょうか」仏教用語で「掉挙(じょうこ)」といいますが、心の散乱ですね。今日的に言えば躁状態、そういうことにハマりこんでいる。別の言葉だと有頂天。これは、周りが見えなくなってしまうのがまずいところです。「喜(ピーティ)」は瞑想上は善い心に分類されていますが、これにハマりこむことも危険...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会13

(続きです)【呼吸瞑想】呼吸の瞑想もコンセプトの基本は同じです。手足をマークとしたように、呼吸の感覚をマークとして「今、ここ」に気づいてゆきます。出てゆく息、入ってくる息、意識してもしなくても常に起きている感覚です。それを、ちゃんと気づきをもって見守っていきましょうということ。呼吸瞑想は目を瞑って、細かいところまで観察することになっています。手動瞑想、歩行瞑想な動きがダイナミックで、日常生活に落とし...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会12

(続きです)さあ、いま何かボーっと考えていた人。パッと心に何か浮かんだとき、「ダメダメ、妄想してたー!」と思うと、それが妄想を膨らませてしまうんです。「何が起きてもオッケー」とあるがままに受容する。事実を事実として、それがあることを認めたら、意識を手に戻す。我に返る。思いに巻き込まれてさまようのではなく、気づいて=念、手に戻ってくる。それを繰り返すことで定=動かない心ができる。だから、思いが浮かんだ...

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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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