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記事一覧

死んだ母が会いに来た話

その日は法友のBさんと、その御友人のAさんと三人でランチの後ゆっくりお茶を飲んでいた。Aさんとは面識はあったが、ゆっくりお話しするのは初めてのような気がする。最近あったことという話題で、リズ山崎氏のチャネリングセッションに出た話になった。Aさんもチャネリングできる、というかいろんな人(?)が彼女の身体を借りにくるらしい。しかし山崎氏のように日時を決めて特定の対象を呼び出すことはできないし、自分の中に入...

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『脳はこんなに悩ましい』

池谷裕二 中村うさぎ『脳はこんなに悩ましい』新潮文庫対談集である。池谷裕二氏は脳研究者。東京大学薬学部教授。薬学博士。海馬や大脳皮質の可塑性を研究。以前、今はなき師友Tさんに「この人の解説している脳の仕組みを知ると、『無我』が腑に落ちる」と薦められてこの著者の別の本を読んだことがある。書いた人の明晰さがあらわれているような簡明な表現の本だったが、それを読んだ私がいかほど無我について理解したかはちょ...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ9

瞑想実習中のプラユキ師の言葉や質疑応答から、心に残ったことをメモしておきます。(続きです)(瞑想が深まると、人生が楽しめなくなるとか、芸術・創作ができなくなるんじゃないでしょうか)いや、出来るんじゃないかと思いますね。創作意欲がなくならず、むしろもっと他人に良く伝わるメッセージが作れると思ってるんだけど。先ほどの三学の境地で、『慧』なら作れますよ。『定』にとどまっていると、それは無の境地だから作れな...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ8

瞑想実習中のプラユキ師の言葉や質疑応答から、心に残ったことをメモしておきます。(続きです)◆質疑応答からラベリングしないわけを著作『自由に生きる』の中の「たかが言葉、されど言葉」という章で語っているので、詳しくはそちらをご覧ください。ラベリングには落とし穴もある。ラベリングは言語ですから思考を用いますが、瞑想は思考の次元の訓練ではないということなのです。コンテンツではなくてコンテクストの訓練。思考す...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ7

瞑想実習中のプラユキ師の言葉や質疑応答から、心に残ったことをメモしておきます。◆瞑想レッスンで「気づきの瞑想」の「気づき」は集中ではなくて『覚醒』すること。自覚化すること。今この瞬間、手が~していることを認識する。前提や構えを作らないで自然体でやること。オープンで、心を開いて、何が起きてもオッケー!って。それが世界に対する信頼感につながる。現象(体の感覚や妄想)はどんどん起きるんです。それに対応す...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ6

(続きです)十二因縁とは、苦しみがどのようにして生じてくるのかを正しく理解して苦しみを滅するための原理です。四聖諦より前の、ブッダが菩提樹下で悟った内容がこれです。苦しみに関する弟子とブッダの問答があるんですよね。弟子が尋ねるんです。「苦しみは自分が作っているんですか?」ブッダが答えます。「違うよ」「苦しみは他者のせいですか?」「違うよ」「自分のせいでもなく、他人のせいでもないとすれば、苦しみは偶然...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ5

 (続きです)「八正道」とは苦を滅するために何をなすべきか、に対するブッダの答えです。八つの方面から統合的に実践してゆきなさいということです。1 正見 正しいものの見方、如実知見瞑想してこまやかに心のありようを見つめていくことで自然に生じる理解と言えます。智慧の実現には三つの方法(三学=戒・定・慧)があることがわかってくることが瞑想の醍醐味なんですよ。瞑想をして心が安らぐ、それもいいけれど理解がおき...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ4

(続きです)仏教で説かれる苦しみに「四苦八苦」があります。「生・老・病・死」の四苦とそれに「愛別離苦・求不得苦・怨憎会苦・五取蘊苦」を加えた八苦。体と心への囚われが苦しみになるということ。「一切皆苦」という言い方も仏教の説明によくでてきますが、ブッダは「サベー(全て)・サンカーラ(行)・ドゥッカー(苦)」という言い方をしていて、一切ではなく「諸行は苦なり」と言っているんです。これは「心の無自覚な反応...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ3

(続きです)四聖諦とは、四つの聖なる真理という意味。ブッダが悟った後で初めて行った説法(=初転法輪)で説いた教えです。四つとは(1)苦諦=苦しみを明らかに認識する。(2)集諦=苦しみには原因がある。(3)滅諦=必ず、誰でも苦しみを滅することができる。(4)道諦=苦しみを滅する方法がある。これは苦しみの認識と解決で、苦しみに対処する最もシンプルな答えです。ブッダは初転法輪で「私は苦しみと苦しみの消滅を語...

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プラユキさんの「やすらぎの対話と瞑想レッスン」 イン 中野サンプラザ2

(続きです)ブッダは「いかにあるか」と「いかに生きるべきか」の二つを説きました。「いかにあるか」とは私たちはどのように存在しているか、世界のあるがままの法則性、真理がわかることです。これが理解できるのが智慧。「悟り」、「真」ですね。「いかに生きるか」とはその現実をどのように主体的に生きるべきか。良く生きることは慈悲の実践、滅苦にあります。こちらが「慈悲」、「善」です。これが仏教の両輪です。悟りとは自...

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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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