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記事一覧

プラユキ師の新春のお話と瞑想の会6

(続きです)今に気付かなければ、過去を実体視してしまって、心の中の現象に過ぎないものを受けとめきれず、心のクセ(不安、怒り、犯人探し、…)で解釈してしまう。心のアクション、心の中のおしゃべりの結果を受けとめるのは自分です。心のアクションに「今、ここ」で気づければ、それを受けとめて活かしてゆけます。もし気づかなければ、それまでのクセそのままに生きざるを得ないでしょう。先ほどの縁+因ですが、外からやって...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会5

(続きです)では「一夜賢者の偈」の内容に戻ってみましょう。「過ぎ去れるを追うことなかれ。いまだ来たらざるをおもうことなかれ。」ここは集諦にあたりますね。過去の出来事で苦しんでいる人は多いし、カウンセリングなどでも過去の経験について調べたりします。ところで、仏教は「今、ここ」のアプローチなんです。ブッダがいた当時のインドではカルマ論というものがありました。過去世、前世の行いによって現在はこう生きざるを...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会4

(続きです)苦しみと向き合う段階(苦諦)で多くの人がつまずく原因として◆苦しみへのハマりこみ(執着・耽溺)◆苦しみとの闘争◆苦しみからの逃走◆苦しみの抑圧◆苦しみを他に転嫁(投影)…などが挙げられます。これらがさらに苦しみを生んでしまうんです。ここで間違ってはいけないのは、ブッダは「人生は苦しみだから、どうせ逃れられないんだからあきらめよう」とは言っていない、ということです。「どうしたって苦しみからは逃れられ...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会3

(続きです)四聖諦(1)苦諦=苦しみを明らかにする(観)(2)集諦=苦しみには必ず原因がある(断)(3)滅諦=苦しみは滅することができる(証)(4)道諦=苦しみを滅する方法がある(修)ダンマパダの第一章にこのような言葉があります。ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。―車をひく牛の足跡に車輪がついて行くように。(中村元訳「...

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プラユキ師の新春のお話と瞑想の会2

(続きです)「一夜賢者の偈」は私も大変好きなお経で、この「偈」というのは詩のような表現で書かれた、ブッダの教えの核心部分が凝縮されたものです。翻訳はいくつもありますが、増谷文雄氏の訳が詩的で美しく、原文に近いと思いますので、今日はこちらを用いてゆきます。この偈の原文はパーリ語です。これはインドの古い言葉です。古代インドには他に権威ある言葉としてサンスクリット語もありましたが、ブッダは庶民にもよくわか...

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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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