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記事一覧

レタス第一回マインドフルネス瞑想ワークショップ7

(続きです)(大友氏の話)犬の散歩をしていた時、自分の足首がロックされているのに気が付いた。そこで力を抜いて歩いてみた。(いいじゃん!)と思ってたら少しつまづいてしまった。ロックしてるのがよくないって思ったけど、体は分かってたんだ。じゃあ、なんでもいいや。体に任せよう。そう思ったら力が抜ける。自分はいやだけど、それでもまあいいやと歩き出す、この感じ。これができないと問題になってくるのが、「仏教って...

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レタス第一回マインドフルネス瞑想ワークショップ6

(続きです)さっきの坂井さんの話の「受容」。自分のありのままを受容する、と口では言っても「立派になりたい」「立派に見られたい」「立派であり続けたい」……そういう心があるから嘘になってしまう。むしろ「怖いから嫌だ!気になるものは気になる!」と正直に言っている人の方が性質(たち)がいいかもしれない。仏教があると、安心します。こんなやり方があるんだ!と感動する。特にテーラワーダ仏教はロジカルですごい。頑張...

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レタス第一回マインドフルネス瞑想ワークショップ5

(続きです)その中に、先輩から比丘として心構えを問われたことに戒禁取があったそうです。比丘は戒律として二二七戒を守りますが、戒を守るときの心が戒禁取になっていませんか?と先輩に言われたそうです。「これさえやれば大丈夫」という気持ちは戒禁守ではないか?与えられたものにしがみつく心だと、それは戒禁取ではないですか?戒禁取と疑と有身見を滅すれば悟り=預流果だといわれる。では、今悟れていない以上「戒禁取と...

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レタス第一回マインドフルネス瞑想ワークショップ4

(続きです)私たちは生まれてから死ぬまでずーっと制御して暮らしています。寝ることも、食べることも、全て制御です。でもほんの少しだけそれが緩むことがある。それが受容です。例えていうなら、制御が光とするなら、何かが光にあたった時にさす影、それが受容です。受容が単独で存在しているものなら、受容する努力というような言葉がありうるでしょうが、受容が制御のすき間のようなものであるから、それを起こし得るかもしれ...

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レタス第一回マインドフルネス瞑想ワークショップ3

(続きです)《制御と受容について》「修業する」というのは、新しく学ぶことですよね。外から刺激、情報を取り込んで、自分を能動的に変えてゆく作業です。マインドフルネスでは「ありのまま」が強調されています。「無常・苦・無我」は真実であり、これを変えることはできないのだから、修錬で何かを身に付けてこれを克服しようというのは矛盾しているのではないか、という疑問が、坂井さんと私が「制御と受容」について考え始めた...

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プロフィール

しの2012

Author:しの2012
女性。
ヴィパッサナー瞑想に取り組んでいます。

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